第2章 萌えコミュニケーションの概要

2−1.概要

 本章では、萌えと、萌えコミュニケーションの定義について説明する。そして萌えをコミュニケーションとして捉えたときに検討すべき領域と、萌えコミュニケーションにみられる5つの特徴について説明を行う。


2−2.萌えコミュニケーションの定義

 萌えコミュニケーションの定義を行う前に、まず現在の萌えの定義についての諸説を概観し、まとめる。さらに萌えをデザインの視点から考えるため、本研究ではシンボルを媒介とするコミュニケーションとして萌えを捉え、定義を行う。

(1)萌えとはキャラクターに対して強い好意を持つこと

 まず、現在の萌えの定義について簡単に触れておこう。評論家のササキバラ・ゴウは、萌えを行動と捉え、「キャラクター的なものに対して強い愛着を感じる」ことと述べている[注1]。また批評家の東浩紀は、消費者がキャラクターという物語の断片に対して勝手に感情移入を強めていく、ポストモダン的な消費行動と説明している[注2]。建築意匠論を専門とする森川嘉一郎は、「萌える」という言葉は「特定のキャラクターやキャラクターを構成する特定の部分的要素に惹かれ、好みに感じること」であり、自らの趣味嗜好の表明にも用いられるとしている[注3]。
 このように萌えの定義は諸説ある。これらの見方に共通するのは、萌えの特徴を、人がキャラクターに対して強い感情を抱くという作用に見出していることである。つまり現在の萌えの定義をまとめると、「人がキャラクターに対して強い好意を持つこと」となる。

(2)萌えはキャラクターが登場するコミュニケーションである

 前項のような定義を踏まえた上で、デザインの視点から萌えを考察するには、より萌えのプロセスに焦点をあてた捉え方が必要となる。なぜなら、人とキャラクター(及びその構成要素)とが、どのようなインタラクションを経ていて、何が介在しているのかを明確にしないと、デザインの具体的な問題として萌えを扱うことができないからである。このように萌えをプロセスとしてみると、萌えのコミュニケーションとしての側面が浮かび上がってくる。それは人とキャラクターとのコミュニケーションであり、あるいはキャラクター介した、人と人とのコミュニケーションである。

(3)萌えコミュニケーションの定義

 本研究では、前項のように萌えをコミュニケーションとして捉え、さらに以下のように定義する。萌えコミュニケーションは、キャラクターを構成する萌えのシンボル(記号)を介して、キャラクターの意味をコミュニケーター間のインタラクションで形成、解釈、共有、再形成し、好意を生み出すという、出来事のプロセスである(図1参照)。このような定義のもと、萌えコミュニケーションの領域と、シンボルを介するなどの諸特徴について、次節以降で説明してゆく。






2−3.萌えコミュニケーションの領域

 萌えコミュニケーションは、どのような領域で捉えられるのだろうか。この点について、美少女キャラクターとオタクという、キャラクターと人の、それぞれにみられるカテゴリー領域を交差させることで説明する。

(1)美少女キャラクターというカテゴリー

 前節でキャラクターという用語を用いているが、ササキバラ・ゴウは、キャラクターはおおよそ2つに大別できると述べている。ひとつは子供向けのキャラクターであり、もう一方は思春期以上の年齢層に向けたキャラクターである。両者の違いを見てみると、前者は「かっこよさ」「強さ」「おもしろさ」「かわいらしさ」「やさしさ」がイメージ化されキャラクターとして表現されている。それに対し後者は、異性として魅力が感じられるように意図されているという[注4]。
 そして萌えにおいて現れる好意は、異性に対する感情のような色合いを帯びる[注5]ことから、萌えコミュニケーションで登場するのは、後者の高年齢層向けのキャラクターであり、いわゆる美少女キャラクターとしてカテゴリー化されるものである。

(2)キャラクター指向オタクという人々

 オタクの定義には諸説あるが、東浩紀は簡潔に「コミック、アニメ、ゲーム、パーソナル・コンピュータ、SF、特撮、フィギュアそのほか、たがいに深く結びついた一群のサブカルチャーに耽溺する人々の総称」としている[注6]。しかしこのような人々の中でも、キャラクターに対して好意や愛着を抱ける人と、そうでない人がいる。例えば前述の定義のなかでも、SFや特撮に限って興味を持つ人は、キャラクターに対し特に興味を示さない。従って萌えコミュニケーションを行えるのは、オタクの中でも、キャラクターに対して好意や愛着を抱くことができる(萌えることができる)人々である。ここではそういった人々を「キャラクター指向オタク」とする。

(3)両者が交差する萌えコミュニケーションの領域

 このような美少女キャラクターと、キャラクター指向オタクの交差する領域が、萌えコミュニケーションの領域である(図2参照)。なお本研究では今後、キャラクターというときには、美少女キャラクターのことを指すものとする。またキャラクター指向オタクは、そのコミュニケーターとしての役割、振る舞いから、簡潔にユーザー(利用者)と呼ぶ。




2−4.萌えコミュニケーションの特徴

 ここでは、萌えコミュニケーションの、以下の5つの特徴について説明する。
・キャラクターの萌えシンボルを媒介として行われる
・意味を創出する自己形成的な社会的プロセスである
・多様な伝達チャンネルが用いられる
・インタラクションの規模に応じて3つのレベルがある
・基本単位が萌えローグである

(1)キャラクターの萌えシンボルを媒介として行われる

・キャラクターという人工的な身体と萌えシンボル

 萌えコミュニケーションにおいて、キャラクターはどのような存在として捉えることができるのだろうか。ササキバラ・ゴウはキャラクターを「一定の印象を他人に与えるように、自らをひとつの固定した形に限定して表現しているもの」と述べている[注7]。キャラクターは、人の印象を操作する媒体というわけである。
 また人対人のコミュニケーションにおいても、人の外見それ自体が、インタラクションの媒体になるといわれている。例えば身体の位置や向き、仕種、表情、服装、視線、言葉など、「いま・ここ」で呈示されている外見の全てが、相互行為を媒介するのである[注8]。意図するか否かに関わらず、外見によって多くの情報がやりとりされ、コミュニケーションが行われている。
 つまりキャラクターは、萌えコミュニケーションでやりとりされる情報を呈示する、人工的な身体と捉えることができる。本研究では、そのやりとりされる情報のことを「萌えシンボル」と呼ぶ。

・キャラクターのコンセプトを具現化した萌えシンボル
 萌えシンボルは、キャラクターの持つコンセプト(意味、意図、価値)を、萌えコード(萌えの価値と規則の体系)を用いて具現化・記号化(デザイン)したものである。例えば、「とらえどころのない、ミステリアスな少女」というキャラクターを作成して運用するには、まずそのような性格を表象する萌えシンボルを、キャラクターデザインに組み込む必要がある。それは例えば「色素の薄い髪」とか、「常識にとらわれない振る舞いをする」といった萌えシンボルである。このように萌えシンボルは萌えコードに則ってデザインされ、キャラクターの一部となってユーザーに呈示される。

・萌えコミュニケーションを媒介する萌えシンボル

 萌えコミュニケーションは、キャラクターが呈示する萌えシンボルをやりとりすることで行われる。従って萌えシンボルの働きは、媒介(メディア)である。萌えシンボルが媒介となり、キャラクターと、ユーザーを含めた様々なコミュニケーター間の萌えコミュニケーションが形成される。そこでは、コミュニケーター間におけるキャラクターのコンセプトの共有や、解釈といった活動が行われる。

・多種多様な萌えシンボル
 萌えシンボルには、伝達チャンネルに応じて様々な種類がある(図3参照)。これらの詳細は第5章で述べるとして、ここで注意したいのは、萌えシンボルは単なる外見的特徴だけでなく、言語や音声、関係性にわたる多様な種類があるということだ。萌えコミュニケーションは、このように多種多様な萌えシンボルを媒介に行われるのである。
 



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(2)意味を創出する自己形成的な社会的プロセスである


 米国の社会学者H.ブルーマーは、ものごとの意味は、人と人とのインタラクション(相互作用)によって作られる、社会的な産物であると述べている。また、このように形成された意味はそのまま運用されるのではなく、人の解釈というプロセスで、選択、検討、再分類、変形などが行われ、再形成されるという[注9]。
 このように、インタラクションにおける意味の取り扱われ方に焦点を当てて考えれば、萌えコミュニケーションに次のような特徴を見出すことができる。萌えコミュニケーションは、そこに参与するコミュニケーター同士のインタラクションにより、キャラクターのコンセプトが萌えシンボルにより共有、解釈され、再形成されるという、自己形成的な社会的なプロセスであるということだ。
 従ってここで強調しておきたいのは、キャラクターや萌えシンボルのコンセプト、意味、そして価値は、あらかじめ定まった所与のものではなく、コミュニケーションの過程で定義・再定義されるということである。また、結果として生み出される好意や愛着も、単なる個人レベルの感情ではなく、社会的な産物なのである。

(3)多様な伝達チャンネルが用いられる

 図3のように、萌えコミュニケーションは様々な種類の萌えシンボルを媒介して行われる。この図から萌えコミュニケーションは、言語、非言語、音声、非音声など、人対人で行われるコミュニケーションのチャンネルをほぼ網羅して行われていることがわかる。人工的な身体であるキャラクターとのコミュニケーションにおいて、このように多様なチャンネルが用いられていることは、萌えコミュニケーションの大きな特徴であろう。そしてこのようなコミュニケーションを可能にしているのは、ゲーム機やパソコンなどのコンピュータとソフトウェアであることを付け加えておく。
 逆に人対人のコミュニケーションから欠けているものは何だろう。考えられる範囲で挙げておくと、書き言葉、手話、身体接触、におい・香り、空間(対人距離等)といったものである。しかしこのような伝達チャンネルも、技術の進歩により、いずれは萌えコミュニケーションで使用されるようになるかもしれない。

(4)インタラクションの規模に応じて3つのレベルがある

 萌えコミュニケーションは、そこで行われるインタラクションの規模の違いにより、3つのレベルを考えることができる。各レベルの詳細は第4章で図表を交え説明するので、ここでは概要を簡単に述べる。

・レベル1:萌えローグ
 これは、キャラクターとユーザー(個人)との、通りすがり的状況で行われるコミュニケーションである。例えば街中でポスターに描かれたキャラクターを眺めたり、ゲーム売り場で商品のパッケージのキャラクターを見たりといった、単純なインタラクションで形成される萌えコミュニケーションである。

・レベル2:萌えエクスペリエンス
 このレベルではキャラクターとユーザーのほか、情報メディアが介在することで、より高度なインタラクションが行われ、萌えコミュニケーションを形成する。特にゲームというインタラクティブかつ多様な伝達チャンネルを持ったメディアは、大量の萌えシンボルのやりとりと共に、キャラクターとユーザーとの間に濃密なコンテクストの形成を可能にする。

・レベル3:萌えムーブメント
 さらに作り手・売り手やコミュニティといった要素が参与し、多数の人々が参加するレベルがある。これは社会現象といってよい規模であり、創造的な様々なインタラクションが発生する。例えば萌えシンボルの再形成(独自解釈)、萌えコードの書き換えや追加、新たな萌えシンボルの発見と形成、キャラクターに関する2次的創作などである。

(5)基本単位が萌えローグである

 前項では、萌えコミュニケーションが3つのレベルに大別されることを説明した。このうち、最初に説明した萌えローグが、萌えコミュニケーションの基本単位となるものである。基本単位ということは、萌えローグがこれ以上分解できない、萌えコミュニケーションの最小のプロセスであることを意味する。また萌えローグが成立しないと、それ以上のレベルも当然存在し得ない。つまり萌えローグは、全ての萌えコミュニケーションの基礎となるプロセスである。


2−5.まとめ

 本章では、萌えコミュニケーションの定義、領域、特徴について以下のように説明した。
 萌えはコミュニケーションであり、キャラクターを構成する萌えシンボルを媒介に、キャラクターのコンセプトをコミュニケーター間のインタラクションにより形成、解釈、共有、再形成するプロセスである。この萌えコミュニケーションは、美少女キャラクターとそのユーザーによって営まれ、好意を産出する社会的プロセスである。また、萌えコミュニケーションでは多様な伝達チャンネルが用いられるとともに、インタラクションの規模に応じて3つのレベルがあるが、その最小の基本単位となるものは萌えローグである。
 本章で述べたこのような前提をもとに、次章以降では、萌えコミュニケーションについてより詳細な説明を行ってゆく。